Episode08:そしてウェイトはパメラに作画を依頼する
時は1905年。11月下旬のロンドン郊外。街並みはくすんだ灰色に染まり、所々枯葉が色を差してはすっかり冬支度ずみといったいで立ちで、その日は朝から小雨が降り続けていた。
安アパートの外階段をカンカンと人が上がってくる音がしたかと思うと呼び鈴が鳴るのだが、奥の部屋にいるルームメイトがわざわざでてくることもなかろうと、しぶしぶパメラは絵筆を止め立ち上がった。玄関の扉を開けると、現れたのは黒いマントを身にまとったウェイトだった。
「ごきげんよう」
「あ、あなたは・・・どうしてここが?」
「会員名簿の住所を拝見した・・・すまない、わるいとは思ったのだが」
ことばとは裏腹に、そこはもう度外視して下さいとばかりにウェイトは山高帽を取って素早く続ける。
「ぜひ、あなたに、タロットの作画を担当してほしいのだが」
若干雨が吹き込む玄関先だろうがお構いなしだ。
「何とか考えてもらえないだろうか?」
「えっと、それはですから、先日お断りしました・・・申し上げた通りで、私にはムリです・・・ごめんなさい」
「いや、あなたしかいない、あなたでなければ、できないことなんですよ」意外なことばに、パメラは目を見開いて、まばたきしながらウェイトを正面から見つめる。
「えと、ちょっと待って下さい。それはそれの、ありがたいというか、光栄なお話・・・だとは思うのですが、その、繰り返しになりますが・・・」話を断るにしてもとりあえず中へと、いつものパメラなら人のよさを発揮するところだったが、ここで気を許してはいけないような気がして、ウェイトを玄関の外へ押し出すようにいったん扉を大きく開けて、半ば大声を上げる。
「ごめんなさい! いいですか? 無理なものは無理、なんです。わたしにはタロットの知識も情報もありません。きっと、もっと、適任の方がいますわ。だからホント、ごめんなさい!」アパートメントの隣の部屋のドアが開くと、隣人が顔をのぞかせて何ごとかという表情だ。パメラはわかって下さいというようにウェイトに目くばせして、小刻みにうなずいて見せる。
ふと気がつけば、2人の視界に白いかすみがちらついており、雨は雪に変わったようだ。
ドアノブがやけに冷たいわけだと、パメラはかじかみそうな手に思わず息をかけて温める。セーターの左右のそでをグッと伸ばして手の甲まで覆うだけでもう顔を上げようとはしない彼女を見て、ウェイトは今日のところは引き下がろうと決めた。
「そうですね、いきなり失礼をしてしまった。こちらこそ申し訳ない。また、来ます」
会釈をしてまた素早く帽子をかぶるとコートをひるがえして歩き出すウェイト。「ちょ、パメラ!」 部屋の奥からルームメイトのルビィが駆け出してきて、パメラにほぼ体当たりでぶつかる。
「あのおじさん、会のお偉いさんでしょ? せめて下までお送りしなさいよ」
「え、わたしが?」
「門前払いとは少々失礼よ、早く!」
言われてパメラは慌ててウェイトを追った。「あのウェイトさん、ウェイト博士! ちょっと待って、下までお送りします・・・」
階段を降りかかっていたウェイトが振り向いたときには、雨と雪で滑りやすくなっていた階段の最上部でパメラは見事に転倒していた。
「危ない!」
ウェイトがかろうじてパメラの片腕に追いついたが彼女に引きずられる形になり、2人はそろって階段を滑り落ちていった。

