Episode09: 魔術師のリバースとホンネを言わない彼


今回は、シビルがお父さんであるウェイトに、自分のフィアンセの気持ちをタロットで占ってもらうの巻きです。

 テムズ川沿いの裏通りを入ったところにある怪しげな占い館にウェイトが週に何度か詰めるようになって早一か月―ここでのウェイトの「本業」は決して「占い」ではないのだが、詳細を誰もが把握しているわけではなく、オーナーの関係者で「時々出入りするおじさん」として、ある程度親しみを持たれ歓迎されている点で、自他共に「コミュ障」ウェイトにとってこの占い館は一種のオアシスだった。

 館に詰める多く女性の占い師たちが客待ちの間に弾ませる世間話にしばしば参加するまでに場慣れしてきたこと、それはそれで彼にとっては生涯における大きな成長で進歩でもあり…今日もバックヤードで繰り広げられる数名の女性占い師たちが女子会さながらに盛り上がる様子を、ウェイトは、さてどこから会話に入れるものかと柔和な面持ちで様子をうかがっている。オーナーが来るまでの短い時間だが、通ううちに、客足はいつもまばらで、占い師たちにとって待機時間のほうが多いのがこの館では常態化しているということも承知している彼だった。

「ねね、見て見て大通りでもらったこのビラ!」

「ああそれさっき見たわよ、ロンドンの市議選の、でしょう?

「当選した議員に学歴詐称疑惑ですって! こやつ、もうダメよね…って、あたしも字読めないからそこに書いてあること全部はわからないんだわ」

「その議員はロンドン大学卒って言ってたけど、ハイスクールすら卒業してないらしいじゃない」

「・・・くだらん。生きて、ウソをつかないでいられる人間が、この世にいようかね? 彼の市議としての活動には何ら問題なかろうがね」

「あら、そゆこと言うってことは、おじさんも相当、ウソついてきたわけね?」

「私はおじさんではありません、ちゃんと名前を…」

「Mr.アーサー・エドワード・ウェイト! ご指名ですよ、占いのお客さんです」

「私に…?」

 あらまあめずらしいことがあるものですねとわき立つ面々を後に、ネクタイを整えつついそいそと階下のブース席に降りると、ウェイトはまた仰天する―指名客とはひとり娘のシビルではないか。

「おいおい、一体どうしてお前がここに …?」

「私には私の情報網があるの。お父さんがここで働いてるって、ある人から…お母さんにはナイショにしてるそうね? 私ゼッタイ言わないから、お願い! 占っていただきたいの」

「ジャックのことか・・・」

 シビルが先だって「紹介したい人がいる」と言って、同棲中の彼だと家に連れて来た青年の名前を出せば図星の様子―幼い娘の小さな恋の相談室を担当していた時分のようには、もはやほほ笑むことなどできはしない― 遠い過去の思い出に胸を締め付けられるウェイトでもあった。

 娘のフィアンセについて占断を下すなど悪趣味もはなはだしいと突っぱねる選択の余地などなく―目の前のイスに腰掛け、硬い表情でうつむくシビルは、少しやせたのではなかろうか―ワラをもつかむ思いで来たのではなかろうかと突き動かされるままに、ウェイトは10枚のタロットを卓上に繰り出していた。

「やっぱり、魔術師のリバース!」

シビルが展開されたタロットを見るや否やで口火を切る。「このカード、逆位置で出るとペテン師なんでしょう? あたしだって知ってるわ」

「どこでそんな情報を仕入れるんだ・・・それよりシビル、いいかね、タロットは人の心をセンサクする道具なんかではないんだよ、彼の気持ちは彼自身に聞いてみることが、大事なのはわかるだろう?」

「あら、聞けたらとっくに聞いてるわよ、聞けないから困っているんじゃない!…聞いたって、はぐらかしてばかり。あの人、ホンネなんて言わない人だもの」

「ホンネとは…一体何なんだ?」

「何って…ホンネはホンネよ…本当に思っていることよっ。ジャックは…彼のこと私に何も教えてくれない…過去のこともこれからのことも、腹を割って話し合ったことなんか一度もない」

 ウェイトはふうっと軽くためいきをもらす。

「腹を割って、一体何を話し合いたいんだい?」

「私たちのことよ、2人のことをこれからどうしたいのか…わたしのことをどう思っているのか、他にもっと好きな人がいるのかとか」

 はあっと大きなためいきとともにウェイトは目を閉じて首を横に振る。

「ウェディングだと、来月式を挙げたいと、つい先日2人で家に来た、あれは一体何だったんだ?」

「こっちが聞きたいわよ、だから、こうして見てほしいんじゃない!」シビルは涙目になっている。「仕事が忙しいの一点張りで、家を空けてばかり、帰ってきたって疲れて寝てばっかり。そもそもどこで何の仕事をしているのか…出会ったときには炭鉱で働いてたのは知ってるけど、転々として今じゃわからない・・・ねえ結局彼の気持ちは、どうなの? 私はお父さんの意見なんか聞きに来たんじゃないんだけど?」

illustrated by ぼんぼり

「まあ、待ちなさい…」

「やっぱり、結局わからないんでしょう?」 フンとシビルは嘲笑的に鼻で笑って「占い師なんてみんな噓八百なんだわ…もしくは、もっと有名な…そう、高等魔術もできる人がいるわよね、いっそ魔術でも呪いでもかけてもらって、私の悩みなんか全部なくしてもらうわよ、一生全部何もかもがうまくいくように!」

 はたとウェイトは腕組みをして首をかしげる。「いや、それは…自分のオールを他人に渡すということにならんのだろうか?…自分の人生を人まかせにするのは…どうなんだろう?」

「いいじゃない、私の勝手でしょ」

「身勝手に生きる人間の周囲には、悲しい人が生まれてしまう」間髪入れずにウェイトはおだやかだがきっぱりと言い切った。「そういう人間は憎まれやすいし、敵対する者もたくさん現れる。そんな危険な人生をお前に歩ませるわけには、いかないんだよ」

「…」

「お前のオールは手放しちゃいけない。大事なことはちゃんと、自分で決めるんだ。そのための占術なんだ」

「そんなペテンな彼とは別れろってこと?」

「切り札はワンドのエース…まさに「オール」の札だ。ジャックと別れたくて、ここに来たわけじゃないんだろう?」ウェイトは改めて展開された10枚のタロットそれぞれに視線を落としながら「仕事が忙しいのは確かなんだろうが、金もないね…何でだろうね、女性の影とやらが見当たらないのは幸いだろうか」

 ようやく明るく笑みを見せるシビルに、ウェイト自身がこの世のあらゆるものに感謝をわきあがらせ、娘の幸せが自分の幸せであることを痛感している。どうか、どうかこの子を、これ以上誰も悲しませないでくれ……一体、ジャックは何をしているんだ? 自問自答するかのようにリーディングを続けるウェイト。

「彼は彼なりに気を使っているんだろう…何でもストレートにホンネを言うばかりが誠意とは限らんさ。彼はお前が傷つきやすいことをよく知っている。また仕事を変わるかもしれないね…本当のことを話せば話すほどお前が不安定になるってとこなんだろう、ペテンとホンネを言わないこととは違う。お前をだましちゃいなんだよ…ま、彼なりのやさしさというか」

「うっそ、いい加減なこと言わないでよ…」

「愛の札が出ていることは確かです」ウェイトは展開の中の「聖杯のエース」を指さして語る。「ほら、この一番下の札だ。この位置の札が根幹的な力を表しているから、どんなに見た目がやばかろうが、様子を見るのが得策だ。こと、聖杯のエースは強い、78枚の中で最も強い愛の札だ」

 実際内心、冷や汗ものの中でタロットを繰りだし、誰よりも出目に救われた気持ちになっているのはウェイトだった。

「あとは、ちゃんとお前が彼から聞きだしなさい。何でもどんなことでも言ってくれと、話してほしいとことばで伝えるんだ…それをしないで、多くの人間が後悔するのが世の習いのようだから…私自身がそうだったようにね」とウェイトは余計な一言を伝えてみるのだった。

「…お母さんとのこと?」

「まあいい、反面教師な親でわるいとは思うが、シビルには二の舞を演じてはほしくない…いいかい? 誰であろうと愛しているのなら、ちゃんと向き合いなさい。何度でも、向かい合って話し合うんだ」

「私…できるのかな? 自信ないよ…」

「大事なことは、自分の船は自分で動かすしかないということだ。やるしかない。やりきってみるんだ。お前のオールでね」

続く

illustrated by ぼんぼり


あとがき&人生の応援歌

次回は、ウェイト自身もちゃんとエイダと向き合っていけるのでしょうか?の巻きになるかどうかは不明です・・ 

なんだかんだと占い師は相談者にアドバイスしながら、実は自分に言い聞かせていることが往々にしてあります。


「オールを手放す」というのは、執着心を手放すという慣用句で使われることもあります。

オールを手放すのか、手放さないのか、その見極め、タロットが得意とするところです。シビルのように背中を押してもらってください!

今回のオマージュ企画は中島みゆきさん作詞でご存知の「宙船」、人生の応援歌として、お届けいたします♪

ドラマのエンディング風に聴いていただければ幸いです。TOKIOのカバーをされているNeko-Houseさんの動画を載せさせていただいております☆彡 Guiterかっこいい。