Episode10 奇術師の愛と結婚

リュート弾きのアラン☆

「わるい......」後からブルーノが追って入ってきて爆弾発言をかます。「俺、海の向こうへ行きたいんだ、どうしても! とりあえずパメラと偽装結婚して、移民局とつながりをもつことにする」

「最低!」

 フェリシアの平手打ちが鳴り響く......

 反射的にアランがブルーノのえり足をつかんでほろ馬車の外へ引きずっていく。

「ケンカ?!」

「アンディ、2人をとめてよ!」年も背格好もブルーノとアランと似たり寄ったりのアンディにエルが急き立てる。「ブルーノがボコボコにされちゃうよ」

「えっ関わりたくないなぁ......ブルーノは自業自得だろうし...第一あの温厚なアランが人に手を上げるもんかぁ......」とアンディは思いっきり両腕を伸ばして大あくび。「大丈夫だよ......ボクもう寝るね」

「んもう、流血騒ぎになってからじゃ遅いでしょうよ...とはいえあたしも行きたくないわ......」というエルと、またアンナが同時にパメラを見つめていた。

「あ、あたしに行けと?」

「適役だわお姉さま! はやく止めにいって!」

たしかに十代半ばの女子より若干年輪のいったパメラの出番ではあるか......はげしく声を上げてすでにもう泣きくずれているフェリシアをエルとアンナが引き受けるからと、パメラは男子2人のモメごとの仲裁へと行かされるハメに。

 森の中はもう真っ暗。夜風がかすかな葉音を誘うと不気味なくらいだが、所々月明かりがさす場所があり、その一角に2人の男子が影を落としている。

「口の中が切れた......」ブルーノが自分のあごを抑えながら血を吐き出している。

「当たり前だろう、フェリシアにそれだけのことをしたんだ」

「なぐるなら別のところでお願いしマス」

「......」

「なぐれよ......親のかたき!みたいな顔してさ。ていうか、この期に及んで何かことばでないの?」

少し間をおいてアランがくぐもった声を出す。「...か、彼女の気持ちをもっと考えろ」

「は? フェリシアのために何か言うところじゃない、お前はどうしたいの? 腹立たないの? 何とか言えっての」

「......」

 口ごもるばかりの自分に腹が立ってきてしまいアランは居たたまれなくなってその場から立ち去ろうとするが、ブルーノに荒々しく上着をつかまれている。「逃げるなよ!」

「はなせ、ひきょう者!」ようやくことばがでてくるアラン。「ブルーノがフェリシアから逃げてるんだろう? なんだよ海の向こうに行くって?」

「アメリカ大陸ってところだ、それからジ・パング! だから......フェリシアのことは頼むわ、俺は......その...構っていられない」

アランはもはや嘲笑的に首を横に振る。「話にならない、無責任すぎる」

「いやホント、わるいが俺の人生だ、フェリシアの人生じゃない、他の誰のものでもない......お前もぜんぶ混同してバカなんだよ!  フェリシアをかげで見守っているのが愛だとかどうせ思ってるんだろ?」

「......」

「こんなちっぽけな一座でリュート弾いてる自分のことも嫌なくせに。自分にイイワケしながらいいたいこともいえず、やりたいことも何も混ぜこぜにミックスして、ただ黙ってるだけのお前も、わかってやってるなら相当ひきょうだ。自覚がないなら相当なバカだよ」挑発的にバのところにアクセントを置くブルーノ。

「......ばかばか言い過ぎだ、取り消せよ」

「ここを出ていきたければ出て行けっての、お前なんざいなくても問題ねーわ、バーカ」

「関係ないことまでまくしたててくるなよ!」

「あーっとハイハイ、お二人さん、話がだいぶ飛躍しているようですが......」パメラが意を決して割って入る。「まずですね、こちらの一座のひとりの女の子がかなりの傷心状態とお見受けしましてこれいかになんですけど?」

 同時にハッと顔を上げるブルーノとアランの真顔に、パメラもことの重大さを改めて認識する。

(これはやっかいな修羅場かもね......)

「フェリシアを頼む......」

言い返そうとしたアランだが、肩に置かれたブルーノの手の重みがことばを選ばせる。

「パメラと偽装結婚するって、ブルーノは正気なの?」

「俺が真剣なことは確かだ......頼むから行ってやってくれ、フェリシア のところへ」ブルーノはその場にドサッと座り込んでは頭を抱え込みもう動こうとはしない――大きくため息をついて去っていくアラン。

 月明かりの中、ブルーノの隣に腰を下ろして満天の星空をあおぎ見ては、パメラは冬支度をはじめていたロンドンを思い出していた。まったく違った時代の、違った季節に、自分が生きているということにももう感覚がマヒしている。

「...今ごろルビィはどうしているだろう...あたしがいたところは今冬で、めちゃ寒いのよ」

「ふーん、ってことはあんた南半球から来たんだ?」

「って、いえ、あの、それよりフェリシアが出ていかないようにみんながなだめてるけど、あなたが、ブルーノが行って、ちゃんと謝って、それでみんなにも許してもらいましょうよ、座長さんが騒ぎの元凶ってのはいけないわ」

 ブルーノが勢いよく顔を上げていった。「とりあえず、俺といっしょになるってことにしておいてくれないか? フェリシアには落ち着いてほしいし......このままじゃアランがここを出ていくって言いだしかねない。この一座にはアランの楽器が必要なんだ」

「あら、出て行ってもいいってさっき......お前なんざ居なくても問題ねーわって」と正確に口真似をしてみるパメラ。

「追えば逃げるのが生き物の本能だろ......頼む、あんたがここに現れた時にピンときたんだ、この計画でいこうって」

「計画?!」

「使えるものは何でも使う、これが俺の流儀でさ...一座を救うと思って、頼みます」とブルーノが頭を下げる。

「それであっさりあたしのことを受け入れたのね......ピンチと言われればそりゃ、協力するのもやぶさかではないけど......」


≪この一座のみんなを助けてやってほしいんだ......≫昼間のアークの声がパメラの脳裏をよぎっていた。


「ピンチもピンチよ、一座が始まって以来のね...こんなときがくるとはさ......誰もいつまでも同じじゃいられないんだ」

 弱々しいことばをこぼれ落とすブルーノの横顔は月に照らされて青白く、病人のようにさえ見える......これがあの昼間の陽気な腕利きのジャグラーのもうひとつの顏なのか。

(いつまでも子どものままでいられたらね......)

 初日ながら、パメラは大分彼に感情移入するのだった。

 が、次の瞬間、ふとパメラの方に向き直ったブルーノはにこやかな笑みを浮かべて言うのだ。「賭けてもいいが、フェリシアはただ俺を兄きのように慕っているだけだ」

「えっ??? うそうそ、見る限りブルーノに夢中!でしょうよ...いや、実際あなただってホントのところ彼女のこと好きなんじゃ...?」

「知らん、いや、家族みたいなもんだろう…ったって、しょせん俺らは成り行きでいっしょにいる流れものなんだ。好きも何もねーだろーよ」

「まって、ブルーノはフェリシアを女の子として見ていないの? それよりもっと他に好きな女性でも......?」

「あいつと同じことを聞いてくるなって......気持ちに本当もうそもねーだろーが。ずっといっしょにいたいとか、将来の約束とか...言われても困るんだよ、わるいが俺にはできない。明日のことだってわからないのに...あいつはまったく聞き入れないんだ」

(なるほどね......フェリシアのことが重たくなる気持ちも、わからなくは......いやしかしここは同性のよしみだろう、女性としてフェリシアの肩を持たねば!)

「微妙なところなのは、わかります。ただ、そこから愛に発展していくケースは多いかと......」

「あいつはこの一座から出たことがないし、俺といっしょになれば将来安泰みたいのもあるんだろうし、だからって俺に対して盛ってこられても困るんだよ......確かに、俺だって彼女のことがきらいなわけじゃないんだ...でもなんか、そういうのは違うだろう」

「そう…かもね......」

(冷静に考えてるじゃない―結構イイヤツ? なのかも)

「とにかく、俺はこの一座で終わる気はないんだよ」

ふとリュートの音色が静かに聴こえてくる。

「アランがフェリシアのために弾いてあげてるのね......って、これどう解釈するもの?」パメラはブルーノの顔をチラリと見やるが、彼はもうあきれ顔だ。

「なんであいつは...いつもああなんだよ...いや、無口なところがあいつのよさでもあるんだが、今回に限っては完全に裏目にでてるわ」

「わかりました、ブルーノは、あの2人がまとまってくれれば、それでいわけね」

「そして俺が海の向こうへ行くチャンスが作れれば、一石二鳥だ。その流れにもっていく計画なんで。俺はかなり雑にこの一座を捨てていくから、あとはフェリスとアランで一座を運営していくというね、あと何段階かオプションありますが、まずはこの流れで、よろしく頼みマス」

「はい......」

(っていいのかこれで??まあいいか......あたしも『海の向こうへ』行った口だからね......絵の勉強のために。ブルーノの気持ちもわかるといえばわかるんだな......あの頃のあたしにはアート以外はすべてがお荷物だったっけ)

二台のほろ馬車のひとつに泣き疲れて眠っているフェリシアと子守歌のようなリュートをはじくアランを残して、他の皆はもうひとつのほろ馬車で皆が川の字になって寝る予定ではあったが、今回のこの突然のブルーノの偽装結婚宣言に女子たちの恋バナが始まり、夕食のとき同様馬車のかたわらで たき火を囲んで盛り上がるエル、アンナ、ブリジットにパメラも加わっていた。


「面倒な3人よね......フェリシアとブルーノとアランは前からああなの?」

「ここのところだいぶギクシャクしてる......まあ、ブルーノが一番わるいのよ、ちゃんとフェリシアを奥さんにしてあげないから!」赤いリンゴのようなほっぺたをふくらませているブリジットは最年少ながらも一座のご意見番さながらだ。

「いーえ、アランが中途ハンパに2人の邪魔してるのがいけないんでしょ。ブルーノがリーダーの特権でフェリシアに手を出せばいいだけの話じゃない......」といいながらも、ブルーノ押しのエルはいささか複雑な様子だ。

「賭け事と酒に目がないジャグラーといっしょになったところで、フェリシアはシアワセになれるの?」明け透けにブルーノを批判するアンナは アランびいきなのだ。「座長ってば、休みの日なんてほとんどバクチかファンの女の子とデートか、よね?」

「そう言えばパメラは本当にブルーノと形だけの結婚をするの? そしたらこの一座はどーなっちゃうの??」

「ブルーノはフェリシアとアランに一座をまかせたいみたい......」

「ええー、アランに座長がつとまるの?」

「アンディになってもらおうよ」

「パメラはブルーノ以外と結婚するとしたらアランとアンディどっちがいい?」

「わ、わかんないわよ、そんなの......っていうか、あなたたち、一座の外で出会いを探す気はないの?」

「出会いねーー」エルが肩をすくめる。上流階級じゃパーティーや舞踏会でロマンティックな出会いもあるんでしょうが、こちとらしがない旅芸人なもんで!」

「パメラは...ちょっと裕福なお家の出なんでしょう? お姫様みたいにステキな首飾り!」と、アンナがパメラが首からかけているペンダントトップを指先でもてあそんでみる。「私の家は農家だったけど、ブルジョワの都市戦争でお父さんもお母さんも家もろとも焼かれちゃった......私とアンディは無一文になっちゃったのよ」

「まあ!」

「実際、フェリシアだって正直なところ、結婚できれば誰でもいいってところあると思うわ」エルはまた新たな議題を持ち出す。 「焦ってるんじゃないのかな、この先ずっといつまでも彼女がここの歌姫でいられるわけではないって、あの美貌は決して永遠じゃないってこと、一番よくわかってるの彼女でしょう......」

「いつまでも同じじゃいられない......ものね」パメラはブルーノのことばを思い出しつぶやいていた。

「あたしたちも早いとこ、ブルーノか...いや座長はパメラに決定だから、あとはアランかアンディかで手を打てれば幸運なのよ」エルはまだブルーノへの未練を残しつつぼやき続ける。 「アンディもね、イイ線いってるのは事実なんだけど......あれでシスターコンプレックスなければ!」

「お兄ちゃんをわるく言わないでっ」アンナがいつも持っているジャグリング用のボールを軽く投げつけると、エルがうまくキャッチしてまた投げ返している。

「私も大人になったら結婚できるのかな......」ブリジットは心底不安そうだ。

「だいじょうぶ! 白馬の王子様がむかえにきてくれるって」

「幻想を教えるのはよくないよ」

「しかし結婚がゴールってのもねえ......あたしはもっと上に行きたいわ。ブルーノには人脈があるじゃない、上流階級のパトロンがいるのよ!」

 中世フランスでも―女子の問題は結婚、理想の相手、ギャンブルと酒におぼれる男社会......しょせんいっしょになる男性次第なのか......あたしの時代と、ビクトリア朝時代のイギリスと代り映えしないではないか......パメラにもやり感がよぎる――いやもしかするとこの先も、未来のどの国でも、女性の幸せというものは......

「あ、あらあら、ね、さっきからだいぶリュートの音が止まってるんじゃない?」

「フェリシアとアランがどうなるか賭ける?」ワクワクが抑えられないエル。

「どうにもならないわよーーアランは紳士だもの!」とアンナ。ブリジットもうなずいている。

「パメラはどう、どっちに賭ける?」

「いや、そもそも賭けるものがないです」

「そのペンダントとか!」

「ダメこれは!」

「大切な人からもらったのね?」

「いや違います......」

「ねーパメラ、偽装結婚とかさーやめようよーそんなのよくないよー」

「おい、お前らうるさすぎ!」

ほろ馬車の中からたしなめられて皆口をつぐむが、エルはもう嬉々としてやまなくなっている。「あたし2人がどうなってるか見に行ってくる!」


続く